
五月も半ばを過ぎ、園庭の緑が日ごとに濃くなってきました。半袖で駆け回る子ども達が増え、風にも初夏の匂いが混じるこの頃です🌱。先日、子ども達がいちご園へ出かけました。真っ赤な実を頬張ったあの一日は、実はその日だけでは終わりませんでした。園に帰ってからの一週間、いちごは絵や絵の具に姿を変えて、子ども達の指先へと戻ってきたのです。
「美味し〜!」いちご園でのその日
いちご園に着くなり、うめ組(3歳児クラス)の子ども達から声が次々にあがりました。「あった!」「先生、見て〜大きいの!」、そして真っ赤な実を口に入れて「美味し〜」。出かける前に、緑・白・赤と色を変えていく実を絵本で観ていたからでしょうか、赤く熟れた実へすっと手が伸びていきます。中には、いちごの葉が足に触れて「くすぐったい」と身をよじる子もいました。
一方、さくら組(5歳児クラス)は、着くやいなや一目散に大きな実を探し当て、口いっぱいに頬張ります。同じ農園でも、5歳の子ども達は葉の形や、いちごが茎のどこから生まれているのかまで、しっかりと目に焼きつけていたようです🍓。

帰ってからの一週間、指が思い出す
いちご狩りの翌日、もも組(4歳児クラス)は画用紙に向かいました。「長い茎にいちごがなっていたよね?」と保育者に確かめたり、「真っ赤ないちご、たくさんだね」と、あの光景を嬉しそうに思い浮かべたり。友だちの絵をそっと覗きながら、自分の見てきたものを言葉と手で確かめ合っていきます。

そして狩りから4日目、うめ組の保育室では、活けてある本物のいちごの葉をじっと観ながら絵を描いていました。「葉っぱはギザギザしてたよ」と気づいた子が、ふと手を止めてつぶやきます。「だから足がくすぐったかったのかなぁ?」。あの日の、足のくすぐったさにまでさかのぼって考えているのです。丸シールで花を表現し、5日間かけて、その子だけのいちごが一つ、静かに実りました。

思い出しながら、手が動く
一日の体験が、その日では終わらず、翌日、また次の日へと形を変えて続いていく。私は、この「思い出しながら手を動かす」時間にこそ、子どもが育つ確かな芽があると思っています。
くすぐったさ、赤い色、葉のギザギザ——五感で受け取ったものが子どもの内側にそっとしまわれ、やがて「あれは何だったんだろう」「もう一度あらわしてみたい」という気持ちになって、指先からあふれ出してくる。誰かに言われて描いたのではありません。自分の中から湧いてきたその気持ちこそが、これから先、自ら学びに向かう力の源になっていくのだと、長年子ども達を観てきて感じています。友だちと「こういうのがあったよね」と同じ景色を分かち合う時間もまた、人を信じ、共に生きるよろこびの土台になっていくのですね。

ご家庭でも、お子さんが園での出来事をぽつりと話し出すことはありませんか。すぐには出てこなくても、あの日の景色は、指先のどこかにちゃんとしまわれています。「どんないちごだった?」と、そっと聞いてみてください。思い出をたぐるその時間が、また新しい何かに変わっていくかもしれませんね🌿。
