
九月も半ばを過ぎ、日中はまだ汗ばむ陽気が続いていますが、朝夕の風にふと秋の匂いが混じるようになりました🍂 「暑さ寒さも彼岸まで」と申しますが、園庭では子ども達が長く伸びた影を追いかけ、季節の移ろいを身体で感じています。今週は、そんな園庭で拾った小さなモノや、五か月かけて育てたお米が、次の日のあそびへと繋がっていく姿を、沢山観ることができました。
むらさきの水が、とんぼの羽になるまで
うめ組(3歳児クラス)の子ども達が、園庭に咲いていた朝顔の花を、両手いっぱいに拾ってきました。ビニール袋に水と一緒に入れて、そっともんでみると――みるみるお水が紫色に染まっていきます。「先生、見て〜!」「お水が紫色に変身したよ」。びっくりした顔と、得意げな顔が入り混じって、袋を掲げる小さな手が、なんとも誇らしげでした。

この『発見』は、その日だけでは終わりませんでした。次の日、子ども達は昨日の色水を持ち出して、とんぼの製作を始めます。半分に折った紙をハサミで切り、開いてみると――「開いたらとんぼの羽になった」。その羽に色水をつけると、白い紙にほんのり紫がにじんでいきます。「紫色になった」「どんな色になるかな?」。羽を手で押さえながら、一枚ずつ丁寧に染めていく横顔は、真剣そのものでした。

五か月分の時間が実った稲
さくら組(5歳児クラス)では、五月に種をまいたお米が、五か月の時をかけて、こがね色に実りました。いよいよ稲刈りです。鎌を使うと話すと、「家で見たことある」「かまきりみたい」と声が上がります。稲の束をしっかり握り、全身で力を込めて鎌を前後に動かす。「稲刈れたよ!」――育てて、見守って、自分の手で収穫する。その一連を、子ども達は一粒も取りこぼさないように味わっていました🌾

翌日は、刈ったばかりのお米を、今度はじっくりと観る番です。「先が尖っているよ」「お米からちいさい毛がたくさん生えているよ」「触るとザラザラしている」。手のひらの一粒から、次々と発見がこぼれ出します。稲穂の絵を描くときには、一粒一粒を丁寧に置きながら、「ここは色が違うから何色にしようかな」と、しばらく手を止めて考え込む姿もありました。

昨日と、今日と、明日と
むらさきに変身した水も、こがね色に実った稲も、その日だけの『できた』では終わりませんでした。昨日の発見が今日の素材になり、今日の観察が明日の絵になっていく。私は、子どもの「もっと知りたい」「もっとやってみたい」という気持ちは、誰かに言われて生まれるものではなく、心の内側から自然に湧いてくるものだと思っています。その芽が日をまたいで続いていくとき、あそびはぐっと深まっていきます。そして、「見て〜!」と駆け寄る一声を、まわりの子ども達や先生が一緒に驚き、一緒によろこぶ。その響き合いこそが、次の一歩へと子ども達の背中をそっと押しているのだと、園庭で日々感じています。

ご家庭でも、お子さんが「見て見て!」と何かを持ち帰ってきたら、ぜひその小さな発見に、一度だけ足を止めてみませんか😊 昨日から今日へ、今日から明日へ。あそびはそうやって続き、その連なりの中で子ども達の「もっと」は、静かに、けれど確かに育っていきます。むらさきの色水と稲穂の絵が、この先どんなあそびへ広がるのか――今から楽しみにしています。
